30才を目前に胃がんで死にかけてから、悶々と自問自答を繰り返しながら働いていましたが、どうせ死ぬなら、本当に好きなことをやってから死のう!と決意して、45歳でようやく起業しました。これまでの経歴のように新たなビジネスモデルが何度も頭にふつふつと湧いて出てきますが、実現させることなくここまできました。しかし、妻の後押しもあり、妻やサラリーマン時代の外注先のプログラマー達に支援をいただきながら大好きな音楽機材の写真投稿サイト「エフェボー」を立ち上げ、全くツテなし縁なしの楽器業界でなんとか5年やってきました。何
| 年代 | 50代 |
|---|---|
| 性別 | 男性 |
| 都道府県 | 神奈川県 |
| 最終学歴 | 高等学校卒業 |
| 出身校 | 秋田県立新屋高等学校 |
| 資格 | なし |
| 経歴 | 株式会社BCNにて営業マンとして採用されてから、単なる営業ではなく、自らの発案でフリーペーパーの創刊(10万部)、ウェブによるPOSシステムなど、新規ビジネスを立ち上げ成功させてきました。上場を目指していた時期にはIPO担当として社内のビジネスモデルの業務フローの作成や社内規程の整備、社員への定着、一の部、二の部の作成などを担当。上場断念と同時期に胃がんを発症、一年間の療養を機に学生向けのプログラミング支援のNPOに出向、副理事長、事務局長を歴任し、全国の高専、工業高校等を巡りCSR活動に携わる。一方で胃 |
| 職業 | 会社役員 |